■阪口涯子の俳句

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■僕の外套ひとつなびいてゆがんだ野原■涯子


写真  酔芙蓉   2006・9・8  南足柄市にて

   『 北風列車 』 78 



 阪口涯子の第一句集『北風列車』を転載しています。昭和13年、涯子36歳からの10年間の
 俳句作品です。若き医師、涯子30歳からの満州時代は、このようにして書き残されています。

               *ーーーーーーーーーーーーーーー*


      『 北風列車 』   阪口涯子作品集 (78) 全作品332句 にNOをつけて順に掲載しています。
   Ⅱ 硬山のほとり              
                                       
     ● 自画像 つづき    昭和24年               
               

316     僕の外套ひとつなびいてゆがんだ野原    


317     ひざまずき坑夫の脚の傷巻きいる


318     かんころが光る虚空の虚空の吐息    



  1. 2006/09/18(月) 09:06:49|
  2. ■ 『北風列車』 阪口涯子第一句集
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■運命は雪片をはき降らす嘴■涯子


写真  千日紅   2006・9・5  近所にて

   『 北風列車 』 77 



 阪口涯子の第一句集『北風列車』を転載しています。昭和13年、涯子36歳からの10年間の
 俳句作品です。若き医師、涯子30歳からの満州時代は、このようにして書き残されています。

               *ーーーーーーーーーーーーーーー*


      『 北風列車 』   阪口涯子作品集 (77) 全作品332句 にNOをつけて順に掲載しています。
   Ⅱ 硬山のほとり              
                                       
     ● 自画像 つづき    昭和24年               
               

313     ふる雪のしずかにかける死の曲馬    


314     運命は雪片をはき降らす嘴


315     燃えろかんてき妻とはこんな荒れた指か    



  1. 2006/09/17(日) 07:32:58|
  2. ■ 『北風列車』 阪口涯子第一句集
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■安住というのは言葉遠く海峡■涯子



写真  葛  2006・9・8  南足柄市にて

   『 北風列車 』 76 



 阪口涯子の第一句集『北風列車』を転載しています。昭和13年、涯子36歳からの10年間の
 俳句作品です。若き医師、涯子30歳からの満州時代は、このようにして書き残されています。

               *ーーーーーーーーーーーーーーー*


      『 北風列車 』   阪口涯子作品集 (76) 全作品332句 にNOをつけて順に掲載しています。
   Ⅱ 硬山のほとり              
                                       
     ● 自画像 つづき    昭和24年               
               

309     広場とはかなしく海胆をたたえた海    


310     ちんもくのむらさきうにの怒りの花束


311     広場とは海の砂粒のかなしいワルツ    


312     安住というのは言葉遠く海峡

  1. 2006/09/16(土) 08:48:48|
  2. ■ 『北風列車』 阪口涯子第一句集
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■誰もいないこれはいちまいのひかる泥濘■涯子


写真   イチモンジセセリ&イエローエンジェル  2006・9・3   庭にて

   『 北風列車 』 75 



 阪口涯子の第一句集『北風列車』を転載しています。昭和13年、涯子36歳からの10年間の
 俳句作品です。若き医師、涯子30歳からの満州時代は、このようにして書き残されています。

               *ーーーーーーーーーーーーーーー*


      『 北風列車 』   阪口涯子作品集 (75) 全作品332句 にNOをつけて順に掲載しています。
   Ⅱ 硬山のほとり              
                                       
     ● 自画像 つづき    昭和24年               
               

305     夕陽したたるサイコロを振り草の家    


306     美しい寝台のある街のはるけさ


307     ひとつのくろかみぼくの引揚げ断層に    


308     誰もいないこれはいちまいのひかる泥濘

  1. 2006/09/15(金) 07:13:42|
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黒の回想 わが俳句遍歴 (125)ーおわり


写真   ジンジャー   2006・9・8  南足柄にて
 
   この回で黒の回想の転載が終わりました。長い間、ご拝読いただきありがとうございました。
 涯子さんが亡くなってはや17年、9月20日の命日が真近です。 nora
 
           

黒の回想 わが俳句遍歴(125)最終回・・・阪口涯子

         あとがき

 「航海日誌」を書いてすでに十八年を過ぎている。
アフリカその他の現状は今は随分その当時とは変っていると思うが、

これは一俳句作りが書いた謂わば筆のすさび。

一俳句作りの書いた散文。

散文を書かない俳句作りなんて・・・と思う僕の僭越をゆるして頂きたい。

 セイロンは当時すでにスリランカになっていたが敢えてセイロンの名をとどめた。
オーマン湾は今はオマーン湾と呼ぶようだが、


船員はすべて当時オーマン湾と呼んでいたのでそのままにしておいた。
ジャカランダの紫の花はオーストラリア、ハワイ辺りにも咲くらしいが、

最近テレビで見たオーストラリアのその花は紫が少し薄いように思ったのだが、
沖縄あたりに移植できないかなァと思う位きれいだった。


「黒の回想」は後半は省略した。
韻文と自由詩と散文の接点に就いて書いた積りのその後半は

論議未熟なので自分乍ら嫌気がさしてしまって省略することにした。

 「海程」「鋭角」に連載させて頂いた「航海日誌」を
まとめておいて頂いた矢住涼、八木原祐計の両氏、

それに原稿整理、出版に関するすべてのお世話を頂いた高塚かず子さん、
葦書房の久本三多氏に心からの謝意を表します。

            1989         阪口涯子

          あとがき追記

   著者阪口涯子氏は千九百八十九年九月二十日に逝くなったが、
   「航海日誌」と「黒の回想」は既に校正刷が出来上がっていて、
   彼自身の朱が入れられたまま枕頭に残された。

   御遺族山口慶太郎・美奈子(涯子長女)夫妻は、
   故人の志をつぐべく奔走され、葦書房の諒解を得て、
   地元佐世保市の隆文社に印刷を依頼、
   著者が生前に縁のあった海程新社に発行所を
   お引受けいただくことが出来て、
   出版が実現した。
 
   「海程」「鋭角」に連載のときから、大変好評だった
   この二つのエッセイが、
   このようにして再び世に出て、
   多くの人々に読んでいただけることは、
   涯子氏の近くにあった者として有難いことである。


         千九百九十年七月十日         
                                 
                          八木原祐計
  著者略歴

     阪口涯子(さかぐち・がいし)
     本名・阪口秀二郎。
1901年11月11日
長崎県佐世保市生れ。
九大医学部卒、医師。
     「俳句基地」「鋭角」を主宰し、廃刊後「穹」顧問。
「海程」同人。
  句集「北風列車」
   「坂口涯子句集ー戦後俳句作家シリーズ(海程新社)」
      「雲づくり」。
1989年9月20日没。
  1. 2006/09/14(木) 08:06:02|
  2. ■ 『黒の回想・わが俳句遍歴』 阪口涯子
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