■阪口涯子の俳句

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●黒の回想 わが俳句遍歴 (113)


写真  白萩  2006・8・19   大雄山最乗寺にて
 


           

黒の回想 わが俳句遍歴 (113)・・・阪口涯子


 【 鞭とエール 】
     
1981・9・3(水) (つづき) 台風済洲島辺に停滞。曇天気温29、烈風。 うさぎ小屋にて。 

 が口語の問題、リズムの問題は現在でも論議が打ち切られた
という訳のものではあるまい。
(何れこのことは後で述べる機会もあるだろう。)


俳句という短詩の性格についてぼくは先っきの第二教室でも、
俳句、短歌、自由詩の垣根の中には、或いはそれを散文の世界まで

押し拡げるとしても、矢張りそこには普通の日本人が住んでいるだけで、
特殊な俳句人というものが住んでるとは思わないと云った積もりだ。

特殊を固執しない普遍を、というのが、俳人格説など出る
ずっと前からのぼくの自論だ。

例えば芭蕉の『奥の細道』にしても、俳句作品という真珠の珠を
散文という糸で貫いた美しい首飾り。


俳句を書いた芭蕉との人格が二つに分れてるとしたら変なことになろう。
『源氏物語』以降すべて変なことになる。

この駄文「黒の回想」だって変なことになる。
ソンタグに従わずとも

「人間には批判の自由がある」

「自分の好みに従って無責任であることの自由」

があるはずだ。

その人間が書く俳句なのだ。

また散文なのだ。
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  1. 2006/08/21(月) 07:15:41|
  2. ■ 『黒の回想・わが俳句遍歴』 阪口涯子
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