■阪口涯子の俳句

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●黒の回想 わが俳句遍歴 (114)


写真  オクラの花   2006・8・22    畑にて


           

黒の回想 わが俳句遍歴 (114)・・・阪口涯子


 【 鞭とエール 】
     
1981・9・3(水) (つづき) 台風済洲島辺に停滞。曇天気温29、烈風。 うさぎ小屋にて。 

 ぼくは昭和十五年頃の「天の川」の第二教室で、そのころの新興俳人を
可なり広い意味に解して、楸邨、草田男以降を一人づつ紹介し置こうと思って
冒頭に加藤楸邨篇を「天の川」に書き送った。


「苦悶俳句」とこの二人が評されていた時代だった。

ところが、「天の川」編集部のすみ子さん(禅寺洞の二女)から、
ここは「天の川」ですからと云ってそれは突返された。

すみ子さんの背後には禅先生がいたに違いない。


そう云った「天の川」の唯我独尊や世界の狭さが
第二教室を書く涯子の熱意を急速に冷却せしめたのも事実だ。


あれを続けさせてもらえたら
「旗艦」「京大俳句」「土上」「広場」その他の当時の新興俳句史は
一つの体系をなして書き遺されていたかもしれないのだが・・・。

 すべては忘却の海の彼方にある。


「天の川」のこと、この回想録で少し書かせてもらったことは、
新興俳句末裔を自称する涯子のせめてもの慰めであり、

又すこしばかり責めを果たしたといった感慨でもある。
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  1. 2006/08/23(水) 07:38:16|
  2. ■ 『黒の回想・わが俳句遍歴』 阪口涯子
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