■阪口涯子の俳句

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●黒の回想 わが俳句遍歴記 (1)







    写真「野茨」2005.5.16 酒匂川にて・涯子さんは薔薇が好きだったので



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    頌春。2006年の幕開けです。ご訪問の皆様、
    本年もよろしくお願い致します。
          
   
 涯子俳句工房を見ていただきたく、涯子が書いた日記
 「黒の回想」を転載いたします。
               
  *~~~~~~~*~~~~~~~*~~~~~~~*

※↓「航海日誌」1990年海程新社刊、後記:八木原祐計氏から転載          
  1901年生。1989年9月20日に逝くなったが、
「航海日誌」と「黒の回想」は既に校正刷りが出来上がっていて、
彼自身の朱が入れられたまま枕頭に残された。・・と。 



       ■追記(2012年9月)nora

 コメントいただきましたみなさまに 謹んでお詫び申し上げますm(__)m
 
 全編タイトルに 涯子俳句を掲載していましたが
 125編を続けて読んでいただく際 1~125まで
 タイトルにNOをつけた方が
 読みやすいと判断して タイトルを修正させていただきました

 タイトルでご紹介した俳句へのコメントを沢山いただきながら
 意味不明のコメントになってしまい お詫び申しあげます。





         ●黒の回想 わが俳句遍歴記 (1)
 
   1980年1月4日(金)    玄海に泛ぶ島にて

 自分に都合の悪いことは、わざと書き落としたり、あるいは田舎写真師が人物を修正するようにわざと

顔の皺を消し去ってのっぺらぼうの美男美女に仕立て上げるあの手を使い、自分に都合のよいことは、雲雀のように囀りちらし、

天国のようにながいメロディーを演奏する。それが回想録というものの本質だ。


 
 だから誰一人、回想録を信じはしない。だったら兜太や雄介に頼まれたからと云ったって、涯子は何故、「天の川」の旧友、北垣一柿や片山花御史を福岡のホテルや遠賀川の中流まで尋ねて行って「天の川」のことなど書こうとして厖大な文献を借りてきてのか。

 
 なお遥かに遠方だったから行きはしなかったが、豊前の小川素光や延岡の古城澄子(禅寺洞の二女)をも尋ねようとしたのか。(つづく)
 
 
            
       
      

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  1. 2006/01/03(火) 20:59:44|
  2. ■ 『黒の回想・わが俳句遍歴』 阪口涯子
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