■阪口涯子の俳句

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●黒の回想 わが俳句遍歴 (26)


写真 「クロガネモチの実」 2006.2.22  



         黒の回想 わが俳句遍歴 (26)

6.15(日)--つゆの霽れ間  

 篠原鳳作にふれる順になったようだ。鳳作は昭和十一年(1936)に三十歳で急逝しているので、

昭和十二年に俳句に再出発した僕あこの人とも会わずじまいだ。今から六、七年前のことだが、今勤めて

いる病院の職員一泊旅行で鹿児島を経てバスで指宿へ行った。

何だか松林の間に土産品見世のごだごだとかたまった所で小休止した。それが長崎鼻であった。ぼくはバ

スガイドに

「この辺に鳳作の句碑があるなずだが」と尋ねると、一寸考えてたそのバスガイド嬢は

「あ、一寸この先にありますよ」

「遠いのですか」

「いえ、歩いて十分とはかからないでしょう、ご案内しましょうか」

バスガイド嬢はきさくに僕と只二人で、でこぼこ岩の道を歩いて案内してくれた。

黒っぽい岩で組まれた台座の上の方形の黒御影?に、

    篠原鳳作    満天の星に旅ゆくマストあり

            しんしんと肺碧きまで海の旅

            幾日はも青うなばらの円心に

と三句並べて肉筆ではなく活字体でそれは彫られてある。裏面には右肩に篠原鳳作、左下方に低く二行に、

       建昭和三十年晩春

       詩と美を愛する人々にて

とあるばかり。余分なことは何一つ書いてない。向こうはすべて東支那海、その日は鉛色に凪いでいた。

北垣一柿がその「俳句通信」で、その句碑の見事さを激賞していたし、一度は見ておかねば

との日頃の思いを果した僕は同行してくれたバスガイドに

「これ有名な句碑ですから、バスの中でもアナウンスしたら」

と云ったらガイド嬢も優しくうなずいて呉れた。

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  1. 2006/02/24(金) 07:57:31|
  2. ■ 『黒の回想・わが俳句遍歴』 阪口涯子
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