■阪口涯子の俳句

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●黒の回想 わが俳句遍歴 (29)


写真 「名前不詳?」 2005.4.17 松田山・畑の隅に咲いていました。


         黒の回想 わが俳句遍歴 (29)

6.15(日)--つゆの霽れ間  つづき


今度の全句文集の栞に白虹は、

           しんしんと肺碧きまで海の旅

に就いて英詩からのヒントによる鳳作自身白虹に作家工房の秘密を語ったと書いて鳳作のレンズの広角度

にふれてそのことを書いている。これは僕には初耳であった。

それから、この句が「天の川」に発表されたときの原句は「海の旅」ではなく「海のたび」であったはず

だがどこでそれが「海の旅」になったのか全く解らないと北垣一柿は電話で今夜もそれを言った。

長崎鼻の句碑では「海の旅」になっている。

鳳作の昭和十年発表作の、 
     
               灯台守よ


           大空の一角にして白き部屋よ

           浪音にあらがふいのち鬚髯白く

           この椅子にぬくみ与へて老いにける

           昼ふかく星も見ゆべし侘ぶるとき

なども昔から僕の頭に残っている。

「海の旅」「灯台守」「赤ん坊」は他の秀作を圧して四十年後のぼくの頭に無季俳句の金字塔として残っている。

今度の全句文集の巻末に書かれている川名大の「篠原鳳作の作品について」の文章は考証その他に精緻を

極めた好文献であるが、その中に渡辺白泉が窓秋の『河』を貫くセンチメンタリズムを衝き、又、鳳作作

品の「甘さ」「巧みすぎ」を衝き、同伴者としての、よりきびしさを求めていたこと、

三谷昭が「灯台守」に就いて、

「鳳作はもうこれ以上巧くならなくてもよいとは言えない。だが、人生を深く掘り下げて思考する、作品

以前の問題が、鳳作目下の問題であらうと私は思ふ」と言ったこと、

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  1. 2006/03/02(木) 08:12:48|
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