■阪口涯子の俳句

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★半開のみどりの蝶を夢みたる★ 涯子



写真上 「紫木蓮」 2006・4・7  Kさんのお庭にて
写真下 「紫木蓮」 2006・4・12  





         『 雲づくり 』  阪口涯子句集  

NO・12

        
              あとがき


 昨年頂いた家木松郎さんの『家城』に刺激されて、ぼくも句集を出したくなりました。

東京で立山那覇でと、家木さんと会ったのは指折り数える程の回数にすぎないが、

会うたびに家木さんに兄の匂いをぼくは感じてしまうのです。




で、生きているうちに『家城』と同じ装丁の、謂わば兄弟句集を出すことに決めました。

只、内容が家木さんの天から降って来たような珠玉俳句とは文字通り雲泥のちがいがあり、

ぼくの干からびた蚯蚓見たいな艶うせた俳句ばかりなので、

兄弟俳句と名乗るおこがましさは万承知の上ですが、これぼくの老廃の致すところとおゆるし下さい。


 金子兜太先生には「灰白のコスモポリタン」の身に余る名序文を書いて頂き、

金子皆子様からは『雲づくり』の好い句集名を頂きました。



旧「天の川」末期のぼくの第一句集『北風列車』果てるところ「海程」に老いを寄せての『雲づくり』。



 1976年(昭和五十一年)以降の作品を並べてみました。

ただし、「朱氏『冬旅』私版」は1974年の作で、そのライトモチーフの、「凍て空に太陽三個死は一個」の一句だけは「海程」版、

戦後作家シリーズ36『阪口涯子句集』に一度載せたものです。


ぼく、この十一月で、八十二才。これが最後の句集だとおもいます。


 出版に際して、編集その他万般の御骨折りを頂いた大石雄介さんと和子夫人に深い感謝の意を表します。



         1983年11月                           
                         著者



 阪口涯子略歴

 1901年(明治34年)佐世保市に生まれる
 現住所 佐世保市天神
 1926年(大正15年)医師となる
 1950年(昭和25年)句集『北風列車』
 1977年(昭和52年)『阪口涯子句集』(戦後俳句作家シリーズ36)

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  1. 2006/04/15(土) 07:26:50|
  2. ■ 『雲づくり』 阪口涯子第三句集
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