■阪口涯子の俳句

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●黒の回想 わが俳句遍歴 (63)


写真 「紫露草」 2006・5・9  近所の生垣にて



 

          黒の回想 わが俳句遍歴 (63)


11・9(日) 曇

 十月の半ば富山の海程勉強会に出席、家木さんの温情に接し、黒部、立山の深くて雄大な、
日本の深部に接した。

ダケカンバが今も僕の眼底に燃えている。
旅のあとの疲労のため、しばらくペンを断っていたが、先をいそがねばならぬ。


  ●内田慕情のこと

 ぼくは大連で客死した晩年の慕情のことしか実は知らない。
慕情がぼくの勤めていた大連逓信病院に赴任したのは昭和十六年七月だったと思う。 


 菊池寛の弟子に加藤武雄という作家がいた。
その加藤の弟子だと自称する島東吉というジャーナリストがいて、


「天の川」にも雑文を書いたりしていたが、その島東吉は一年に一度位の割合に大連に出てきて、
大連汽船KKの社史などを書いて身過ぎ世過ぎをやっていた。


大連汽船には「曲水」に属していたと思うが高山俊峰という俳人がいて
何かの課長をしていたが、この東吉、俊峰の二人は共に愛酒家で、
ぼくも時々酒の座に同席した。

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  1. 2006/05/11(木) 06:53:41|
  2. ■ 『黒の回想・わが俳句遍歴』 阪口涯子
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