■阪口涯子の俳句

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●黒の回想 わが俳句遍歴 (64)


写真 「ハリエンジュ」=針槐・ニセアカシヤ  
   2006・5・12 仙了川にて (長子の誕生花)




           黒の回想 わが俳句遍歴 (64)


11・9(日) 曇  つづき

俊峰は昭和十年頃の毎日新聞の「五十年後の太平洋」というテーマの懸賞論文に
第二席当選をしていたが、勿論そのあと六年位の「パール・ハーバー」-世界大戦など予見
されるはずもないユートピア物語であった。


島東吉は戦後、西垣卍禅寺の「新俳句」誌に係っていたらしい。
僕がその俳誌をもらいっ放しにしていたら、「あれは僕がやっているんだ」と

僕の無礼をなじって来たが、今は二人とも故人だ。

その島東吉が昭和十六年の初めだったか、四方山話の中で、
「慕情さんは大連に来たいそうです」と云ったのを僕は冗談と聞き流したがのだが、

彼の帰京後の再三にわたる催促の手紙や慕情自身の履歴書入りの奈良からの手紙で、
それが冗談などで無いことを知り、逓信局の人事係りが「年齢的に・・・」と渋るのを

強引に説得して、僕が責任者だった逓信医院に来て貰ったわけだ。

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  1. 2006/05/13(土) 06:30:13|
  2. ■ 『黒の回想・わが俳句遍歴』 阪口涯子
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