■阪口涯子の俳句

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●黒の回想 わが俳句遍歴 (74)


しゃしん 「ナンキンハゼの葉と昆虫」 2006・5・28 Y川にて

●タイトルの句は『北風列車』うしろから順に掲載しています。作品NO.311

         

  黒の回想 わが俳句遍歴 (74)


11・9(日) 曇  つづき

 また禅寺洞はいつか僕に「慕情さんの所まで行けば、もうその句が古いとか新しいとかは
いえるものではない」と洩らしたこともあった。

前にのべたが戦時中大連には官庁の命により、俳句統合誌「鶉」が誕生し、関東州の全俳人は
好むと好まざるに関らず、これに拠らしめられた。

この豆「俳研」は各派各説まとまりの付きにくい俳誌であった。
時々暗闘や明闘もあったが、終戦時まで、終始新興俳句側に相当の頁をさいてくれた点は、

そのころの内地俳壇のことを思えば大いに感謝すべきであった。

               
 慕情、涯子共選でその誌の超季欄を受けもってもいた。慕情はその俳誌の俳句講座の中で
古俳史を担当し、片うた、万葉から説きおこし、それが熱のこもった立派なものであったので

遂に「鶉」の輿論となって、ついでに現代俳史も慕情にお願いしようということのなってしまったが、
これは敗戦と共に消えになってしまった。


 昭和十八年だったかの夏の夕べ、僕は
「さくらさくらと小切手をむしる紳士」の仁智栄坊と大連の盛り場を散歩していた。

そのころ窓秋も栄坊も内地の戦時俳壇に背をむけてひそかに新京に暮らしていたので、
ぼくは時折りお会いする機会があった。

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  1. 2006/06/02(金) 07:47:55|
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