■阪口涯子の俳句

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●黒の回想 わが俳句遍歴 (75)



写真「花菖蒲?」 2006・6・1 近くの田んぼにて

●タイトルの句は『北風列車』うしろから順に掲載しています。作品NO.310

          

 黒の回想 わが俳句遍歴 (75)


11・9(日) 曇  つづき

 その散歩のとき栄坊が、すぐれた俳句作家の顔は、どこかに秀でた所があると云いだした。
僕が、慕情の顔には大した特徴はないようだがと言ったら、

「いや、あの目だあの目だ。あの目は生優しい目ではないよ」。
その昼、ヤマトホテルのグリルで初めて慕情に会ってきた栄坊はしきりに感嘆するのであった。

なるほど、その高い額のもとの慕情の目はおどおどしているようにもとられ、時に放心とも、
時に鋭くもとられなくはないが、慕情の筆跡の、たくましいでもない、優しいでもない、するどいでも

ない、又そのすべてでもあるそれに似て、実に深い色の目であった。
そのとき、白夜に類する大連のながい夏の夕べをうたった慕情の句、


        二十一時の薄暮の青き花ちるか    慕情

 を僕が紹介すると「さくらさくら」の栄坊は馬鹿に喜んで「ああこれで大連に来た土産が出来た」
と繰返しいって新京に帰って行ったことがあった。

この「二十一時」の句、高屋窓秋全句集の「百句自註」のなかにもとりあげられている。
窓秋は

「なんという陰微な歌ごえだろう。この切なさに心をうたれた。かつて、日本では見られたことの
なかったものだ」

と言っている。

 晩年の慕情は、俳句よりむしろ漢詩をつくり、又小川芋銭張りの河童や寒山拾得の絵などを
書いていた。

又古句を幾十句も独乙語にほん訳したりしていた。
(診療のカルテを見ても独乙語は仲々ぼくらの及ばない達者さであったが)

それを外人に訂正してもらう役をぼくは引受けていたのだが・・・。

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  1. 2006/06/04(日) 08:01:53|
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