■阪口涯子の俳句

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●黒の回想 わが俳句遍歴 (78)


写真 「蓑虫」 2006・6・3 開成町にて




           

黒の回想 わが俳句遍歴 (78)・・・・・・・阪口涯子

11・9(日) 曇  つづき
 敗戦後、鉄のカーテンの内側で勿論逓信局も、その医師も接収された。
街では、毎日、虎の威をかる日本人をふくめた一派によるフランス革命史もどきの

人民裁判や投獄、密告、献金、家財没収、住宅調整やその他食糧難、栄養失調、その他の
あらゆる犯罪などに僕らは埋められた。

人々は自分の部屋の壁をも警戒し小さい声で話さねばならなかった。
ボロボロな人は虚ろな瞳をたたえ背曲がって歩きまわった。

引揚船は、時々丘陵に登って望遠しても全然その姿を見せては呉れなかった。

 二度目の夏が来た。(昭和21年)ある日、西広場の向う側の人ごみの中をそうろうと歩く
黒衣の老人を僕は見た。

「慕情さあん」と呼んでみたけれど、そのころ益々耳が遠くて殆んど聾に近かった人には
それが聞えなかった。

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  1. 2006/06/10(土) 06:43:43|
  2. ■ 『黒の回想・わが俳句遍歴』 阪口涯子
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