■阪口涯子の俳句

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●黒の回想 わが俳句遍歴 (79)


写真「青ホオズキ」 2006・6・9  開成町にて



           

黒の回想 わが俳句遍歴 (79)・・・・・・・阪口涯子

11・9(日) 曇  つづき

その後慕情は間もなく病臥された。
後任逓信医院長の中尾博士と僕が主治医であった。

只一人生活を共にしておられた末の男のお子さんが看護婦代りに、しまいには毎日
注射までされた。

日頃慕情は孤独をむしろ楽しむ人であった。少なくともそう見えた。
亡くなった夫人その他家族のことを慕情は話したがらなかったし、

僕も立ち入ることを勿論ひかえた。
女中をお世話しましょうといっても仲々聴入れては呉れなかった。

 耳の遠い慕情の耳に小メガフォンをつっこんで対話した。それでも通じないときは、
僕は筆談のペンを採り、慕情は口で答えるという風だった。

 「俳句はできませんか」

 「このごろは漢詩をやっています」などと。
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  1. 2006/06/12(月) 07:21:47|
  2. ■ 『黒の回想・わが俳句遍歴』 阪口涯子
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