■阪口涯子の俳句

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●黒の回想 わが俳句遍歴 (80)


写真「キリンソウ」 2006・6・3 開成町にて


           

黒の回想 わが俳句遍歴 (80)・・・・・・・阪口涯子

11・9(日) 曇  つづき 

肝臓の下端が季肋部にすでに硬く触れていた。病気は肝臓癌であった。
正常の肝実質細胞の小さい化粧タイルを奇麗に並べて造った床面のような構造が、

全く無政府主義的に乱れてモップのようにばん踞横行する癌細胞に変化する、
その道程を顕微鏡下に知っているものにとって出来うることは、

慕情は病気に対しても如何にして最後までの病苦を
少なくしてあげるかに過ぎなかった。

 かくて慕情は
「引揚船が来たら早く帰って福岡の病院で養生しましょう」
という僕らの慰みの文に素直にうなずきながら

末のお子さんの献身の看護のもとに昭和二十一年八月下旬の
よく晴れた朝、赤旗うずまく大連の街で永眠された。

新興俳句元老の死処として、一面ふさわしかったともいえようか。

慕情六十七才。

大連市大和町の煉瓦壁のささやかな逓信官舎で亡くなられた。

(終戦後は町名などすっかり変って、大広場が中山広場、朝日広場が朱徳広場、
大和町はたしか福岡街に変わったと記憶する。)

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  1. 2006/06/14(水) 07:05:48|
  2. ■ 『黒の回想・わが俳句遍歴』 阪口涯子
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