■阪口涯子の俳句

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●黒の回想 わが俳句遍歴 (100)


写真  青栗  2006・7・17   開成町瀬戸屋敷にて



           

黒の回想 わが俳句遍歴 (100)・・・・阪口涯子

      
1981・1・17(土)  雪時 つづき

戦後の「長い口語俳句」のことを書かねばならぬが、その前に一寸と一休みしたくなった。

      アロン ⑱

 それで次に、あまり時間もありませんが、一年間私の医院に同居した
アロン少尉とメリーさんの話でも致しましょう。

 アロンとメリーがユダヤ女のトーシャの家を出て何して私の家に住みついたかを語ると
又ながいお饒舌りをしなければなりませんので省略することに致します。

 アロンという名はユダヤ系の名前ですが、彼はそれを東独逸に近い街に住んでいた
彼の父から貰いました。

独逸空軍のため小隊の戦車を四台焼かれたというので
中尉から少尉に格下げられたソ連将校です。


前額や片頬にその時の火傷の跡を印して、極く近くでみると軽い瘢痕があって、
そのため年令より老けてみえるが、小柄の目のきれいな二十四才の将校です。

私の家によく遊びに来た、これ上流の出らしいコーリャ中尉やチョビ髯のミーシャ少佐など
永年の戦友たちの言に、そしてメリーの通訳によれば

「タンクのアロン」という鉄火なニックネームは総司令部まで通っているとか。

いつも鼻唄を唄って、メリーに聴けばその日の出来事をみんな歌にするという
即興詩人風な若者です。


ある日私の妻がメリーと一緒に、ある寄席の大阪漫才に連れて行きました。

 日本人が「アハハ!」と笑うとアロンも矢張り「アハハ!」と笑う。

「アロンさん解るの?」

「解りません。みんな笑うので可笑しいのだろうと思って笑うのです」

しかし終りには

「マダム、帰りましょう」
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  1. 2006/07/25(火) 07:49:27|
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