■阪口涯子の俳句

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●黒の回想 わが俳句遍歴 (102)


写真   カワラサイコその後   2006.7.28    酒匂川にて



           

黒の回想 わが俳句遍歴 (102)・・・阪口涯子

      
1981・1・17(土)  雪時 つづき

戦後の「長い口語俳句」のことを書かねばならぬが、その前に一寸と一休みしたくなった。

      アロン ⑳

話の切目切目に「プロジット」とコップを底まで開ける。
半分残すのを非常に嫌うのには弱らされました。

そして長靴をがたつかせて膝など曲げたままのスラブ踊り。

話は主に、独ソ戦線の回想談です。

アロン少将は両手で壷の形を描いて、

「私のパパ。ユダヤ。こんな壷にお銭を一杯ためこんで大事に隠していたが、
ついに独逸(ニメツツ)の爆弾で死んでしまいました。ユダヤキレイでない」


 その独ソ戦線でアロン部下の戦車が四台焼かれ司令官に叱責されて

「では貴方がタンクに乗ってやってみられよ」

と逆捩を食わせて、到々司令官と喧嘩して中尉から少尉に下げられたのだ相です。
彼らはこちらがハラハラする程、上司や自国の政治面を批判します。

政治要員、陸軍憲兵、海軍のそれなど三つ巴にお互いに牽制されスパイされて
ともすれば明日は牢獄行きの人達なのです。


でも昔からの親しい友達同士のときは矢張り冗談を言います。
言ってはいけないことを言った対手を指さし、

「ファシスト!」

一方言った方は肩をすぼめ「言わ猿」の形に口に掌をあてる。


「ドクトル、シベリヤ のソ連農民の生活は支那(キタイ一スキー)の農夫や
苦力と同様(アジナコイ)です」

 総じてキタイスキー嫌いで日本人(ヤポンスキー)好きの彼等。
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  1. 2006/07/30(日) 07:27:33|
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