■阪口涯子の俳句

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●黒の回想 わが俳句遍歴 (111)


写真  鬼灯(ほおずき) 2006・8・13   散歩コースにて
 


           

黒の回想 わが俳句遍歴 (111)・・・阪口涯子


 【 鞭とエール 】
     
1981・9・3(水) (つづき) 台風済洲島辺に停滞。曇天気温29、烈風。 うさぎ小屋にて。 

今年になって桑原武夫はNHKで

「俳句、短歌の作家は、戦争中、大政翼賛をいう文学報国会の
会員になりたがる人が多く、戦争協力に積極的であった。
しかも戦後新しい時代が訪れても、そのことに対する本当の反省がなかった」

のが「第二芸術」論執筆の一つの動機であったことを語っていた。

このことは今年の「俳句研究」五月号での八木原祐計も涯子論の文章に
引用していたが、そして桑原の第二芸術論は思いやりに少し欠けた

冷たい文章でもあったし、そしてたとえば草田男作品の例句にしても
彼の下’の作品を採りあげ、上’の作品をあげてるわけではないなどという
弱点はあったものの、


併し論はまさに正鵠を射ていたように僕には思われる。

第二芸術論の冷酷さがテレビで語ったように短詩型詩人の
風見鶏に対する桑原の怒りから発したものだとすれば、

それはそれなりに理解できるはずだし、
その第二芸術論を読んで、俳句から足を洗った若い優秀な人が
幾人も居たとも聞いている。

僕自身は俳句の鉢を大鉢にしたら桑原説に少しお答え出来はしまいかと
或いは錯覚したということです。
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  1. 2006/08/17(木) 07:07:35|
  2. ■ 『黒の回想・わが俳句遍歴』 阪口涯子
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