■阪口涯子の俳句

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●黒の回想 わが俳句遍歴 (73)


写真 「桑の実」 2006・5・28 散歩コースにて

●タイトルの句は『北風列車』うしろから順に掲載しています。作品NO.312



           

 黒の回想 わが俳句遍歴 (73)


11・9(日) 曇  つづき

 「天の川」 が無季俳句・新興俳句に移行した頃からの内田慕情の作品を少し掲げよう。⑥


              麗冬        (昭和18年)

          霧氷林の上の光陰たゆたへり

          一痕の日降り樹氷観世音

          氷そうの旭解けつつも白き港

          限りなき氷殻めぐりゐる華燭

          凍港の夜がもりつぶすめとりの夜

 大連で慕情は僕に言ったことがある。「誓子さんにあって句の批評を乞うたら貴方は一つの境地を
ひらいても、そこにじっと止まらずに移ってしまう人だといわれましたよ」と。
                     
 
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  1. 2006/05/31(水) 08:32:06|
  2. ■ 『黒の回想・わが俳句遍歴』 阪口涯子
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■風に吹かれいる瑠璃や黄いろの古屋根よ■涯子


写真 「マンネングサの一種」 2006・5・25 近所にて


  

   『 北風列車 』 21 




 阪口涯子の第一句集『北風列車』を転載しています。昭和13年、涯子36歳からの10年間の
 俳句作品です。若き医師、涯子30歳からの満州時代は、このようにして書き残されています。

               *ーーーーーーーーーーーーーーー*


      『 北風列車 』   阪口涯子作品集 (21) 全作品332句 にNOをつけて順に掲載しています。

  Ⅰ 石の野原             昭和15年
                                       
                          
         ●北京
       


93     風に吹かれいる瑠璃や黄いろの古屋根よ


94     風に吹かれいるこれはにんげんの古顔か


95     朱の壁が時がざらざらくずれいる


96     乾隆のモナリザが棲むあおい玻璃絵


97     向日葵がびっしり頭垂れひとに似る


98     それはお話さとこたえるは父のくせなり

 
  1. 2006/05/30(火) 08:21:51|
  2. ■ 『北風列車』 阪口涯子第一句集
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●黒の回想 わが俳句遍歴 (72)


写真 「ヤブガラシ・頑張ってます」 2006・5・25 開成町こて
●追記 5月30日、その後を見に行ったら、きれいに取り払われていました。邪魔な蔓だったんですわ~(^^;)
 


         

  黒の回想 わが俳句遍歴 (72)・・・阪口涯子

11・9(日) 曇  つづき

 「天の川」 が無季俳句・新興俳句に移行した頃からの内田慕情の作品を少し掲げよう。⑤


              大阪空港        (昭和17年)

          碧玉の空路をあつめゐる雑草

          碧玉に消え一痕の白日機

          碧玉のにほかも精はし反転機

          碧玉もしこのまもりの天垂るる

          北京へ碧瓦の海市見て航くか

  1. 2006/05/29(月) 06:04:01|
  2. ■ 『黒の回想・わが俳句遍歴』 阪口涯子
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■黄いろい河苦力せきばくとくだる日や■涯子


写真 「薔薇と水田」 2006・5・ 

   『 北風列車 』 20 


 阪口涯子の第一句集『北風列車』を転載しています。昭和13年、涯子36歳からの10年間の
 俳句作品です。若き医師、涯子30歳からの満州時代は、このようにして書き残されています。

               *ーーーーーーーーーーーーーーー*


      『 北風列車 』   阪口涯子作品集(20) 全作品332句 にNOをつけて順に掲載しています。
  Ⅰ 石の野原             昭和15年
                                       
                          
         ●白河(ハッカ)のうた
       


87     黄いろい河苦力せきばくとくだる日や


88     泥の船渠が吹かれ赫い周辺


89     支那青年かもめの清麗さをいうか


90     泥貝を漢民は獲つつ泥の流れ


91     神々は死し一隻の船くだる


92     熱情をさずけ給えや黄いろい河




     
  1. 2006/05/28(日) 07:41:12|
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●黒の回想 わが俳句遍歴 (71)



写真 「ラムズイヤー」=子羊の耳・・・毛っぽい楽しい植物です 2006・5・26 近所にて




   

 黒の回想 わが俳句遍歴 (71)・・・阪口涯子

11・9(日) 曇  つづき

 「天の川」 が無季俳句・新興俳句に移行した頃からの内田慕情の作品を少し掲げよう。④


              聖戦美術展        (昭和16年)

          とつげきのせまるつぶらめかめのごとし

          ひのまるをかぶせるかほをのこしすゝむ

          からいくさてんばかくればはらからくる

          さんがくせんかくれずたいらなるしゃてい

          まつばずえそのだんどうにいてたかし

     【 註・(涯子) こんな句を書く一面が慕情にもあったことを率直につたえておこう。】          
  1. 2006/05/27(土) 07:46:09|
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■苦力の墓地蓮きいろく描きしは誰■涯子


写真 「黄昏のイネ科&川」 2006・5・22    南回り散歩コースにて
 

   『 北風列車 』 19 



 阪口涯子の第一句集『北風列車』を転載しています。昭和13年、涯子36歳からの10年間の
 俳句作品です。若き医師、涯子30歳からの満州時代は、このようにして書き残されています。

               *ーーーーーーーーーーーーーーー*


      『 北風列車 』   阪口涯子作品集(19) 全作品332句 にNOをつけて順に掲載しています。
  Ⅰ 石の野原             昭和15年
                                        
                          
         ●苦力の街  つづき
       


83     苦力の家鶏舎のように梯子をかけ


84     苦力の墓地蓮きいろく描きしは誰


85     苦力ながれながれて暮るる風の中


86     苦力の流れに身をしみじみとひそめたる


    
      
  1. 2006/05/26(金) 07:29:54|
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●黒の回想 わが俳句遍歴 (70)


写真 「豆軍配ナズナ」 2006・5・19 近くの川岸にて




          

 黒の回想 わが俳句遍歴 (70)


11・9(日) 曇  つづき

 「天の川」 が無季俳句・新興俳句に移行した頃からの内田慕情の作品を少し掲げよう。③



              日本詩の夕         (昭和15年)

         深紅の扉リフトは紫煙あましたる

         詩の夕太白窓に孤に

         恋ふらくは藤村老いぬ深紅の扉

         深紅の扉藤村を得て瞑りぬ

         詩の夕去りて落差の底にあり


  【註・(涯子)東京のある劇場での島崎藤村自身の詩の朗読会で、藤村の白髪とバックの深紅の
  カーテンがとてもきれいだったと、慕情は大連で僕に話したことがあった。
  句中、「扉」は涯子にはよくつかめない。】

  1. 2006/05/25(木) 07:37:12|
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■苦力みんな咳して流れいる街あり■涯子


写真 「未明の紫陽花」 2006・5・16 S川岸の植栽から

   『 北風列車 』 18 



 阪口涯子の第一句集『北風列車』を転載しています。昭和13年、涯子36歳からの10年間の
 俳句作品です。若き医師、涯子30歳からの満州時代は、このようにして書き残されています。

               *ーーーーーーーーーーーーーーー*


      『 北風列車 』   阪口涯子作品集(18) 全作品332句 にNOをつけて順に掲載しています。
 
 Ⅰ 石の野原             昭和15年
                                       
                          
         ●苦力の街
       


79     苦力みんな咳して流れいる街あり


80     苦力昇天くらい鉛の街である


81     瞋恚棲む街か屎尿がどこにもある


82     苦力夕べ裸身洗える路次ばかり


  ●追記 「苦力=クーリー」は、日本ではあまり知られていない言葉のようです。
       苦力の携帯寝具「巻きぶとん」もよく分からずもたもたしたいましたら、
 
      ブログ畏友、園橋さまから、休日半日図書館で調べていただいた、力作の
      「巻きぶとん放浪記」を、わがブログにトラックバックして下さいました。

       苦力、巻きぶとん、中国、満州の風俗など、貴重な写真もあり是非
       お読みいただければ、うれしいです。・・・nora

       http://blogs.yahoo.co.jp/ichiyasu_ichiyasu/34054198.htm
  
                                       
  1. 2006/05/24(水) 07:32:15|
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●黒の回想 わが俳句遍歴 (69)


写真 「宙吊りのヒメウラナミジャノメと蜘蛛」 2006・5・9 散歩コースにて

 


          

 黒の回想 わが俳句遍歴 (69)


11・9(日) 曇  つづき

 「天の川」 が無季俳句・新興俳句に移行した頃からの内田慕情の作品を少し掲げよう。②


              進水             (昭和14年)
 
        巨きマツス動かず人は潮は満ち

        グリス走りぐんぐん巨き艦走り

        グリス輝り艦の産道の朝としぬ

        グリス燦と唄へり海国の空へ唄へり

        グリス燦と青き穹隆今は盛る
   
            (グリスは進水のときの滑剤なり)



            羽田の感触

        さんらんと着陸きらんまんと目は涙

        五万キロ飛んで来た脚だよいなご

        こんな大きな扉により天のはたてを見る

        地平線黄色い原とはなやげる

        軽金属の黄色い雲の香を拭ける

  1. 2006/05/23(火) 08:01:00|
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■凍河をえんえんとみせ子をなぐさむ■涯子


写真 「雪ノ下」  2006・5・16  近所の道端にて 

『 北風列車 』 17 


 阪口涯子の第一句集『北風列車』を転載しています。昭和13年、涯子36歳からの10年間の
 俳句作品です。若き医師、涯子30歳からの満州時代は、このようにして書き残されています。

               *ーーーーーーーーーーーーーーー*


      『 北風列車 』   阪口涯子作品集(17) 全作品332句 にNOをつけて順に掲載しています。
  Ⅰ 石の野原             昭和15年
                                       
                          
         ●凍河 (一)
       


75     サンタクローズの来なかった子を原っぱに


76     凍河をえんえんとみせ子をなぐさむ


77     氷点下の軽金属の虚空にふれ


78     夕餉の家にきらきらと凍河もちかえる

  1. 2006/05/22(月) 07:02:32|
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●黒の回想 わが俳句遍歴 (68)


写真 「薔薇」 2006・5・16
   近所の垣根にて(涯子さんは薔薇愛好家でした。)





   

 黒の回想 わが俳句遍歴 (68)


11・9(日) 曇  つづき

 「天の川」 が無季俳句・新興俳句に移行した頃からの内田慕情の作品を少し掲げよう。①

   
          五月富士艇庫の徽章光もちぬ    (昭和9年)

          五月富士水車は高く水玉を

          水禽のはらゝふむ日に五月富士

          雪解の鬆光おこしぬ不二ヶ峰は


             女身解剖              (昭和10年) 

         太陽と正し鼻梁と陰隆く

         太陽に甘藍色の屍斑は甘く

         桐咲けり患なき腑のいろしづか

         桐匂ふこゝろ学園の徒にかへり

         遠嶺の日照し灼けつゝ刀措きぬ

  1. 2006/05/21(日) 06:51:15|
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■小さい靴の十銭の娼婦ばかりの坂■涯子


写真 「カラー」 2006・5・16 近くの用水にて(野生化したカラーが、あちこちの水際に咲いています)

『 北風列車 』  16 


            
 阪口涯子の第一句集『北風列車』を転載しています。昭和13年、涯子36歳からの10年間の
 俳句作品です。若き医師、涯子30歳からの満州時代は、このようにして書き残されています。

               *ーーーーーーーーーーーーーーー*


      『 北風列車 』   阪口涯子作品集(16) 全作品332句 にNOをつけて順に掲載しています。
  Ⅰ 石の野原             昭和15年
                                       
                          
         ●小盗児(ショウトル)市場にて
       


70    鉄鍋(テイコウ)のとろとろ煮えしもの並び


71    天幕傾ぎ旧大陸の賭博図みゆ


72    煙館に氷柱かぎりなく光れる死


73    支那劇場に雑草の顔々ほころびる 


74    小さい靴の十銭の娼婦ばかりの坂

  1. 2006/05/20(土) 06:23:03|
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●黒の回想 わが俳句遍歴 (67)


写真 「枝蛙」=えだかわず(夏の季語)枝にとまった蛙のこと。 2006・5・16 うちの庭にて。
        雨が降りはじめ夏椿の木肌が濡れその後、大降りになりましたが、寝ているのか動かず。
 



        

 黒の回想 わが俳句遍歴 (67)


11・9(日) 曇  つづき

 慕情と地蔵尊との共著『燈台』は見たことがないが、慕情が「天の川」で禅寺洞選の
巻頭になったのが大正九年五月、慕情四十才前後のころだ。


          温突や瑠璃色しきて薄衾

          ふところに端書曲がれるどてらかな

          物啣へて春潮あがる犬に女

          雪解や盲いたはる渡舟守


 第三句目あたりに、その後の作品傾向を暗示するものがあるようだが、当時「天の川」自体が
ホトトギス系であったことを思い併せると、この作品の迫力は流石と思うのだが何故であろうか。

慕情は昭和十八年「天の川」廃刊までに、その巻頭句の席を四十一回獲得している。
これは「天の川」では断トツの業績である。
このすべての巻頭句全部を遠賀川の旧友片山花御史が僕のために書きうつして教えて呉れた。
明治生れの旧友は有難きかな。
  1. 2006/05/19(金) 06:48:54|
  2. ■ 『黒の回想・わが俳句遍歴』 阪口涯子
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■森羅凍て赤いジャケツの子を抱きあぐ■涯子


写真 「タニウツギ」 2005・5・15 うちの庭の挿し木です。今年は花少なし 

『 北風列車 』  15 



 阪口涯子の第一句集『北風列車』を転載しています。昭和13年、涯子36歳からの10年間の
 俳句作品です。若き医師、涯子30歳からの満州時代は、このようにして書き残されています。

               *ーーーーーーーーーーーーーーー*


      『 北風列車 』   阪口涯子作品集(15) 全作品332句 にNOをつけて順に掲載しています。

  Ⅰ 石の野原             昭和15年
                                                                        
66    森羅凍て赤いジャケツの子を抱きあぐ


67    学遠し樹々繊細に天に枯れ


68    夜の壁に交響曲を廃墟と聴く


69    飛機光れり世苦うつぜんとわれらに降り

 
  1. 2006/05/18(木) 06:41:26|
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●黒の回想 わが俳句遍歴 (66)



写真 「夏みかんの花?」2006・5・14 近所の家の庭木です




 

 黒の回想 わが俳句遍歴 (66)


11・9(日) 曇  つづき

        「天の川」昭和十七年八月号巻頭句

 
             三十五年前曽住の旅順を訪ふ

 
       さつきぞら閉塞船図ふりわたる        内田 慕情

       梨花の家さすらひやまず見つけたり

       弾丸ほりてあそびしかべの齢なき

       しぬはしにいくるはいきて柳じよふむ

       いっぺん痴情りうじよにのってくる

 その「梨花の家」が老いた慕情に黄海を越えさせたわけの一つでもあったのか。



  内田慕情(うちだ・ぼじょう)

 本名璞。明治十四年八月東京に生まれた。京都に住み、陸軍軍医だった。
明治三十五年ごろから俳句を始め、「ホトトギス」「鹿火星」「懸葵」などの伝統俳句を経て
「天の川」に移り、同人として活躍し「銀河」を主宰したが、戦争後大連で死去したという。

没年月不明。松原地蔵尊との共著で作品集『燈台』(昭16)がある。

 これは近代文学注釈大系『近代俳句』神田秀夫・楠本憲吉共著、有精堂発行、
作家解説は楠本担当、昭和四十年刊、にそう書いてあると八木原祐計が調べてくれた。       

  1. 2006/05/17(水) 06:23:42|
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■黄土層ふらりと踊り孤独なる■涯子


写真 「コゴメウツギ」 2005・5・10 順礼峠にて

『 北風列車 』 14



 阪口涯子の第一句集『北風列車』を転載しています。昭和13年、涯子36歳からの10年間の
 俳句作品です。若き医師、涯子30歳からの満州時代は、このようにして書き残されています。

               *ーーーーーーーーーーーーーーー*

 

『 北風列車 』 阪口涯子作品集(14) 全作品332句 にNOをつけて順に掲載しています。

  Ⅰ 石の野原             昭和14年
                                       
                          
        ●チフス菌  つづき


62    黄土層ふるさとの魚をあぶりくう


63    黄土層喪の花輪満ちしずかな日


64    黄土層ふらりと踊り孤独なる


65    黄土層華工の脚の腫れしを診る  

  1. 2006/05/16(火) 07:38:51|
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●黒の回想 わが俳句遍歴 (65)


写真 「ツルウメモドキの花」 2006・5・6  酒匂川にて


 

          黒の回想 わが俳句遍歴 (65)


11・9(日) 曇  つづき

昭和十六年七月、慕情六十二才だったと記憶する。
初めて会ったのだが、慕情の横顔はすでに夕べのさざ波がたち、耳がすこし遠かった。

慕情赴任二年弱で、慕情とは何の関係もない他の事情で僕は永年勤めていたそこを辞め、
白系露人その他外人の巣くう南山麓で開業したのだが・・・・・・


 高齢の慕情が戦争の最中に、二十才位の男の末っ子一人を連れて、
何故黄海を越える気になったのか。

漂泊の想いや生活(なりわい)やーーある種の人は遥かを渡る候鳥とその想いを
一つにするのであろうか。

ぼくがその慕情の年齢を更に越して、平戸海峡をホテルの窓から三、四日眺めているうちに、
突如天啓ひらめくように、船に乗って世界の海を見ようと志したことを想い泛べると、慕情の行為が
解るような気にもなる。

それにも一つ、青年軍医時代の慕情は旅順で制服やサーベルのまま白昼からの
耽溺生活を送り、そのために旅順を去る羽目になったと僕に笑って話したことがあり、

老来孤独の慕情の胸にあった若い日の華やかな想出が旅大地区に慕情を抱きよせたのかもしれない。

  1. 2006/05/15(月) 07:00:36|
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■チフス菌千夜一夜をみせやめぬ■涯子


写真 「ニワトコの花」 2006・5・4 箱根にて


『 北風列車 』  13 


 阪口涯子の第一句集『北風列車』を転載しています。昭和13年、涯子36歳からの10年間の
 俳句作品です。若き医師、涯子30歳からの満州時代は、このようにして書き残されています。

               *ーーーーーーーーーーーーーーー*


      『 北風列車 』   阪口涯子作品集(13) 全作品332句 にNOをつけて順に掲載しています。

  Ⅰ 石の野原             昭和14年
                                       
                          
        ●チフス菌


57    チフス菌千夜一夜をみせやめぬ


58    夜の心音ほとんど乱れしをいかる


59    青い海ひと東京へかえられぬ


60    胸に花々をいだかせ医師憂鬱  


61    骨壷に並び硅岩をかけくだる

  1. 2006/05/14(日) 07:46:53|
  2. ■ 『北風列車』 阪口涯子第一句集
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●黒の回想 わが俳句遍歴 (64)


写真 「ハリエンジュ」=針槐・ニセアカシヤ  
   2006・5・12 仙了川にて (長子の誕生花)




           黒の回想 わが俳句遍歴 (64)


11・9(日) 曇  つづき

俊峰は昭和十年頃の毎日新聞の「五十年後の太平洋」というテーマの懸賞論文に
第二席当選をしていたが、勿論そのあと六年位の「パール・ハーバー」-世界大戦など予見
されるはずもないユートピア物語であった。


島東吉は戦後、西垣卍禅寺の「新俳句」誌に係っていたらしい。
僕がその俳誌をもらいっ放しにしていたら、「あれは僕がやっているんだ」と

僕の無礼をなじって来たが、今は二人とも故人だ。

その島東吉が昭和十六年の初めだったか、四方山話の中で、
「慕情さんは大連に来たいそうです」と云ったのを僕は冗談と聞き流したがのだが、

彼の帰京後の再三にわたる催促の手紙や慕情自身の履歴書入りの奈良からの手紙で、
それが冗談などで無いことを知り、逓信局の人事係りが「年齢的に・・・」と渋るのを

強引に説得して、僕が責任者だった逓信医院に来て貰ったわけだ。

  1. 2006/05/13(土) 06:30:13|
  2. ■ 『黒の回想・わが俳句遍歴』 阪口涯子
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■高校生よごれ大陸の駅にいる■涯子


写真 「クサノオウ」 2006・5・4  箱根・畑宿にて (クサ・ノオウ=おでき・の薬草の王)


『 北風列車 』 12 


   阪口涯子の第一句集『北風列車』を転載しています。昭和13年、涯子36歳からの10年間の
   俳句作品です。若き医師、涯子30歳からの満州時代は、このようにして書き残されています。

               *ーーーーーーーーーーーーーーー*


      『 北風列車 』   阪口涯子作品集(12) 全作品332句 にNOをつけて順に掲載しています。


  Ⅰ 石の野原             昭和14年
                                       
                          
        ●駅にて (一)  つづき 


51    高校生よごれ大陸の駅にいる


52    勤労隊原色の土産買いかえる


53    都会かげ乞食に惨と呼びとめられ


54    催涙ガス翡翠の街に流される 


55    高粱も農夫も枯れた海の青さ


56    古い旅順よ硅岩に青く花ゆれいる

  1. 2006/05/12(金) 06:50:08|
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●黒の回想 わが俳句遍歴 (63)


写真 「紫露草」 2006・5・9  近所の生垣にて



 

          黒の回想 わが俳句遍歴 (63)


11・9(日) 曇

 十月の半ば富山の海程勉強会に出席、家木さんの温情に接し、黒部、立山の深くて雄大な、
日本の深部に接した。

ダケカンバが今も僕の眼底に燃えている。
旅のあとの疲労のため、しばらくペンを断っていたが、先をいそがねばならぬ。


  ●内田慕情のこと

 ぼくは大連で客死した晩年の慕情のことしか実は知らない。
慕情がぼくの勤めていた大連逓信病院に赴任したのは昭和十六年七月だったと思う。 


 菊池寛の弟子に加藤武雄という作家がいた。
その加藤の弟子だと自称する島東吉というジャーナリストがいて、


「天の川」にも雑文を書いたりしていたが、その島東吉は一年に一度位の割合に大連に出てきて、
大連汽船KKの社史などを書いて身過ぎ世過ぎをやっていた。


大連汽船には「曲水」に属していたと思うが高山俊峰という俳人がいて
何かの課長をしていたが、この東吉、俊峰の二人は共に愛酒家で、
ぼくも時々酒の座に同席した。

  1. 2006/05/11(木) 06:53:41|
  2. ■ 『黒の回想・わが俳句遍歴』 阪口涯子
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■この地平孤なり砲身を黝くならべ■涯子


      写真 「キツネアザミ」 2006・5・3 近くの田んぼにて



 阪口涯子の第一句集『北風列車』を転載いたします。昭和13年、涯子36歳からの10年間の
 俳句作品です。若き医師、涯子30歳からの満州時代は、このようにして書き残されています。

               *ーーーーーーーーーーーーーーー*


      『 北風列車 』   阪口涯子作品集 ⑪ 全作品332句 にNOをつけて順に掲載しています。

  Ⅰ 石の野原             昭和14年
                                       
                          
        ●駅にて (一)  つづき 


47    この地平孤なり砲身を黝くならべ


48    楡枯るるふるさとをのがれこし街に


49    楡枯るるロシヤ墓地に来り帽子をぬぐ


50    楡枯るるクルスに寂々と陽あたり  

  1. 2006/05/10(水) 06:57:38|
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●黒の回想 わが俳句遍歴 (62)


写真 「ソヨゴの花」 2006・5・6 裏庭にて。植えて8年目ではじめて咲きました。

●訂正 ソヨゴの花ではありませんでした。樹木に詳しいyasukoさまからの情報です。
     誰か~「うにママさま」~~~教えてくださーい!

★ ソヨゴ改め「マユミの花」に訂正いたします。yasukoさま、うにママさまから教えていただきました。感謝!






           黒の回想 わが俳句遍歴 (62)


10・4(土) 晴  つづき

「一柿は刺し身、素光はうま煮だ」の禅先生の言葉が再びぼくの脳裡によみがえる。
だがこの素光のうま煮は当時の俳壇に一寸比べるものとて無い。

 「俳句ポエム」近着号の素光作品、

         鏡割ってカラスが群れる爆心地

         逆光線の砂丘がつづく久女の忌

         久女恋えば遠く近くに木莵の声

今尚素光は健在のようだ。

  1. 2006/05/09(火) 06:26:51|
  2. ■ 『黒の回想・わが俳句遍歴』 阪口涯子
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■蒼穹に人はしずかに撃たれたる■涯子


写真 「蛇苺」 2006・5・6 田んぼの畦にて ・・・実を食べた輩2人ありて「う!種だらけ」とか・・・


   阪口涯子の第一句集『北風列車』を転載しています。昭和13年、涯子36歳からの10年間の
   俳句作品です。若き医師、涯子30歳からの満州時代は、このようにして書き残されています。

               *ーーーーーーーーーーーーーーー*


      『 北風列車 』   阪口涯子作品集 ⑩ 全作品332句 にNOをつけて順に掲載しています。

  Ⅰ 石の野原             昭和14年
                                       
                          
        ●駅にて (一)  つづき 


42    芦原はつらなり農夫水にも飢ゆ


43    くろい河ほとりにリラも匂わない


44    蒼穹に人はしずかに撃たれたる


45    蒼穹にこんこんと少年兵ねむる   


46    草原に人獣はすなおに爆撃され

  1. 2006/05/08(月) 07:03:57|
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●黒の回想 わが俳句遍歴 (61)


写真 「ナツトウダイ」2005・4・17   松田山にて




          黒の回想 わが俳句遍歴 (61)


10・4(土) 晴  つづき


             ひもじい地図

         秋燕はひもじい地図をかける鳥

         かぎりなく秋燕とべり飢えの前

         秋燕の腹うつくしや飢えてみる

この辺で『紺』の抜粋を終えよう。とにかく素光の作品は美しい。
終戦後の「孤児」を詠んでも「ひもじい地図」を詠んでも、大きく距離を置いていて、
誇張して云えば、ここにはマチス的豊饒な色彩があり、ピカソ的「青の時代」と根源的に
異質な存在である。

  1. 2006/05/06(土) 06:12:56|
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■静穏な苦力の顔と駅の時計■涯子


写真 「タラの芽」 2006・4・26 近所にて


 阪口涯子の第一句集『北風列車』を転載いたします。昭和13年、涯子36歳からの10年 間の
 俳句作品です。若き医師、涯子30歳からの満州時代は、このようにして書き残されています。

               *ーーーーーーーーーーーーーーー*



      『 北風列車 』   阪口涯子作品集 ⑨ 全作品332句 にNOをつけて順に掲載しています。


  Ⅰ 石の野原             昭和14年
                                       
                          
        ●駅にて (一)  つづき 


37    静穏な苦力の顔と駅の時計


38    綿襖(めんおう)をひらひらし苦力の妻にんしん


39    鋼鉄車隅苦力の子が瞳みひらける


40    くろい河難民これをよぎり痢す   


41    芦原に装甲の艦をうずめ流れ

  1. 2006/05/05(金) 06:49:31|
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●黒の回想 わが俳句遍歴 (60)


写真 「エニシダ」 2006・5・1  近所にて






           黒の回想 わが俳句遍歴 (60)


10・4(土) 晴  つづき


               聖夜

         海焼の童女が祭るクリスマス

         青き魚を窓にえがけりクリスマス

         
              孤児      (昭和22年)

         まんじゅさげ炊煙うつくしければ憂し

         まんじゅさげ風手握れば家がある

         まんじゅさげ風呂敷は天に返すもの

         まんじゅさげぽきぽき折りぬ飢はげし

  1. 2006/05/04(木) 06:25:45|
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■苦力の子母の肩なる荷をなぐさめ■涯子


写真 「ケールの花」 2006・4・30  うちの畑の美ケール





      『 北風列車 』   阪口涯子作品集 ⑧ 全作品332句 にNOをつけて順に掲載しています。



  Ⅰ 石の野原             昭和14年
                                       
                          
        ●駅にて (一)  


32    苦力の子母の肩なる荷をなぐさめ


33    巻ぶとん並べ税吏の指をおそれ


34    巻ぶとんの古きからくさ目にしみる


35    満州紙幣あつし一枚の切符買われ    


36    苦力群れ曠原北に乾燥せり


         *ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー*

  ■5月7日 nora注記 園橋さまと「巻きぶとん」研究をしていましたが、昨日会った中国通の俳句仲間から
                詳しい情報が入りましたので追記します。その友人O氏は、8日大連に行くそうです。

  ●苦力・・・現在も存在し、呼び名は「民工」=みんごん。に変わっていて、一番低い賃金労働者。  
         四川省など、貧しい農村から、一家で出稼ぎに出ることもあり、寝泊りする場所は
         ①駅の外 ②工事現場や、建築現場の中。など、野営に近い生活。
 
  ●巻きぶとん・・・現在も、そういう生活の必需品で、汽車で移動の時、敷布団を巻いて、汽車の中に持ち込
             むことも普通。 掛け布団は無く、あっても毛布ぐらいで、防寒着を着たまま寝るそうです。
             たまに子供をつれた民工もいるとか。



  ■5月11日 再追記  中国通O氏とnoraの「苦力」の会話を側で聞いていたUさんから、今朝、ざっと
                下の様な情報をもらいました。

  ●苦力(クーリー=語源・ヒンディ)・・・もともとインドを植民地にしたイギリスの「東インド株式会社(?)」が、
   奴隷化した労働力として始まって、支那にも進出したイギリスが、同じように、クーリーを苦力に置き換え

   使ったのが始まりとか。辞書大好きUさんは、サンスクリット語文法の勉強をしていたことあり。
   インドにはちとうるさいんです。
            

  1. 2006/05/03(水) 07:58:06|
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●黒の回想 わが俳句遍歴 (59)


写真 「蕗の絮」 2006・4・29  三竹にて







          黒の回想 わが俳句遍歴 (59)


10・4(土) 晴  つづき


        鴉

         鴉よりさみしき線の氷雨がふる

         からす鳴いて氷雨を燃やすかと思う

         松毬を氷雨におとし鴉の馬鹿

         肺に鳴るさびしき音を聴く鴉



        あめつち

         まんじゅさげあめつちに悔おびただし

         しんしんと息たちのぼるまんじゅさげ         

  1. 2006/05/02(火) 06:40:06|
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■ 北上し氷花の街の人にあう■涯子


写真 「著莪群生」 2006・4・29   三竹にて


    阪口涯子の第一句集『北風列車』を転載しています。昭和13年、涯子36歳からの10年間の

   俳句作品です。若き医師、涯子30歳からの満州時代は、このようにして書き残されています。

               *ーーーーーーーーーーーーーーー*



      『 北風列車 』   阪口涯子作品集 ⑦ 全作品332句 にNOをつけて順に掲載しています。






  Ⅰ 石の野原             昭和14年
                                       
                          
        丘にて (一)  凍都 


27    北上し氷花の街の人にあう


28    ビルのもとけものの息もみな凍る


29    サラリーマン氷花の窓に黒くおかれ


30    燻製魚食む都市ふかく凍つる日の    


31    曠野なり採氷を青く角に切る   

  1. 2006/05/01(月) 07:00:22|
  2. ■ 『北風列車』 阪口涯子第一句集
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