■阪口涯子の俳句

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黒の回想 わが俳句遍歴 (125)ーおわり


写真   ジンジャー   2006・9・8  南足柄にて
 
   この回で黒の回想の転載が終わりました。長い間、ご拝読いただきありがとうございました。
 涯子さんが亡くなってはや17年、9月20日の命日が真近です。 nora
 
           

黒の回想 わが俳句遍歴(125)最終回・・・阪口涯子

         あとがき

 「航海日誌」を書いてすでに十八年を過ぎている。
アフリカその他の現状は今は随分その当時とは変っていると思うが、

これは一俳句作りが書いた謂わば筆のすさび。

一俳句作りの書いた散文。

散文を書かない俳句作りなんて・・・と思う僕の僭越をゆるして頂きたい。

 セイロンは当時すでにスリランカになっていたが敢えてセイロンの名をとどめた。
オーマン湾は今はオマーン湾と呼ぶようだが、


船員はすべて当時オーマン湾と呼んでいたのでそのままにしておいた。
ジャカランダの紫の花はオーストラリア、ハワイ辺りにも咲くらしいが、

最近テレビで見たオーストラリアのその花は紫が少し薄いように思ったのだが、
沖縄あたりに移植できないかなァと思う位きれいだった。


「黒の回想」は後半は省略した。
韻文と自由詩と散文の接点に就いて書いた積りのその後半は

論議未熟なので自分乍ら嫌気がさしてしまって省略することにした。

 「海程」「鋭角」に連載させて頂いた「航海日誌」を
まとめておいて頂いた矢住涼、八木原祐計の両氏、

それに原稿整理、出版に関するすべてのお世話を頂いた高塚かず子さん、
葦書房の久本三多氏に心からの謝意を表します。

            1989         阪口涯子

          あとがき追記

   著者阪口涯子氏は千九百八十九年九月二十日に逝くなったが、
   「航海日誌」と「黒の回想」は既に校正刷が出来上がっていて、
   彼自身の朱が入れられたまま枕頭に残された。

   御遺族山口慶太郎・美奈子(涯子長女)夫妻は、
   故人の志をつぐべく奔走され、葦書房の諒解を得て、
   地元佐世保市の隆文社に印刷を依頼、
   著者が生前に縁のあった海程新社に発行所を
   お引受けいただくことが出来て、
   出版が実現した。
 
   「海程」「鋭角」に連載のときから、大変好評だった
   この二つのエッセイが、
   このようにして再び世に出て、
   多くの人々に読んでいただけることは、
   涯子氏の近くにあった者として有難いことである。


         千九百九十年七月十日         
                                 
                          八木原祐計
  著者略歴

     阪口涯子(さかぐち・がいし)
     本名・阪口秀二郎。
1901年11月11日
長崎県佐世保市生れ。
九大医学部卒、医師。
     「俳句基地」「鋭角」を主宰し、廃刊後「穹」顧問。
「海程」同人。
  句集「北風列車」
   「坂口涯子句集ー戦後俳句作家シリーズ(海程新社)」
      「雲づくり」。
1989年9月20日没。
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  1. 2006/09/14(木) 08:06:02|
  2. ■ 『黒の回想・わが俳句遍歴』 阪口涯子
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●黒の回想 わが俳句遍歴 (124)


 写真   秋海棠  2006.9.8  庭にて



           

黒の回想 わが俳句遍歴 (124)・・・阪口涯子


 【 鞭とエール 】
     
9・13(日)  気温23  つづき


           横村庄一郎
 
          監房の記(1933・9) (2)

       おれが選んだ この特高にどつかれるさだめ

       おめえアカかと問われ「ウン」と監房新入り

       留置場の板の間に寝て オレが心臓か心臓がオレか

       牢名主というほどでないのが「オマエタバコノムカ」

       チビタバコ吸って 動悸が おさまる オサマル

             (これは昨年度の「あまのがわ」から。)


 この辺りで、ひどく荒っぽいけれど口語俳句の鳥瞰引例を一応やめよう。
掲載の句の批評はさしひかえる。
口語俳句は次第に短くなってゆく。
さっき口語俳句への愛と憎しみとか変なことを云ったが、
ぼくの真意はそんな対句にはない。
暖かい眼をして鞭をエールをお互いに交換してゆかねばということです。

 (補) この回想を書くのに「天の川」関係の文献を貸して頂いた
北垣一柿(故人)、片山花御史に深く感謝します。

                    完
     
  1. 2006/09/12(火) 07:55:21|
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●黒の回想 わが俳句遍歴 (123)


写真  ガガイモの花 2006.8.31   酒匂川にて



           

黒の回想 わが俳句遍歴 (123)・・・阪口涯子


 【 鞭とエール 】
     
9・13(日)  気温23  つづき


           谷村 茂

       山のふかさへ来ておそ鶯とばかり会う

       あれこれ非日常的なかぎ裂きつくり

       あやつもこやつもチリ紙と交換の梅雨だ

     

           佐々木輝男

       軽い稲の花水面に流しかすかな愛

        

           神原啓三

       俺が酸っぱくなるまで待て 烏

          (以下は、昨年本年刊行の「主流」から抜いた。) 
     
 
        
     
  1. 2006/09/10(日) 08:45:59|
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●黒の回想 わが俳句遍歴 (122)


写真  洋種山牛蒡 2006・9・2   近所にて



   

黒の回想 わが俳句遍歴 (122)・・・阪口涯子


 【 鞭とエール 】
     
9・13(日)  気温23  つづき

 これらの文献が年代別に少し古いということであれば、
昨年本年度の俳句を少し書いてみる。

           山下裕康

       海底のきなくささを引きずってきた蟹だ

       そろそろ戦争さしてくれやと鉄がなる河口

       銃がひとまわり ひとまわり膨れる基地

  
(1981年度口語俳句協会賞作品「冷房の椅子」二十句中はじめの三句)
     


           江崎美実

       炉の中がよく見え春の落暉を戻る

       祭囃は遠くから台所はいつも暗かった

       うつくしいさむさの 大きな鉄が横切る

         
     
 
           加藤太郎

         スリランカにて

       友の妻の異国のものの輪郭です

       象も見た象のにおいのありふれた街よ

       光あかるすぎて子供肋のそこまで見え

 
          
     
  1. 2006/09/08(金) 07:30:53|
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●黒の回想 わが俳句遍歴 (121)


  写真   秋明菊  2006・9・2  散歩コースにて
 



           

黒の回想 わが俳句遍歴 (121)・・・阪口涯子


 【 鞭とエール 】
     
9・13(日)  気温23  つづき

           永海兼人

       芝桜という花に迎えられ 仙境に入る

       どの庭も石楠咲かせ 無人のしずもり

       山腹の一日くらし 犯罪都市を見あろし

     (昭和47年刊、句集『夜明け』から。「あまのがわ」主宰)
     


           田中 陽

       ○をかく日をあけておく△を描きながら

       非生産文学の仕事雨が甘くくちびるに

       子の寝ごとなど捨てきれず俺 北へ発つ

     (昭和48年刊、句集『傷』の終りの三句。「主流」発行)
     

 
           勝屋ひろを

         禅寺洞忌

       ひとすじに生きる スイートピーは天の涙

       一本のスイートピー よみの国へ振り向かせる

       きらめく句を生む スイートピーと空との話

     (1978年刊、句集『山の音』より。「あまのがわ」長老)
     

  1. 2006/09/06(水) 07:44:40|
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